文野直樹(マネーの虎)の今現在や父親!死亡説や年収と資産がスゴい!

マネーの虎の起業家

今回は、日本の実業家で、飲食プロデュース業の株式会社イートアンドの代表取締役社長である文野直樹さんの今現在や父親、死亡説、年収や資産についてなど見ていきたいと思います。

マネーの虎に出ていた文野直樹さんをご存じでしょうか?

 

餃子好きですか?

 

苦手な人もいるかと思いますけど、好きな人がほとんどだと思います。

 

餃子で一番有名な場所と言えば宇都宮が出てくると思います。

 

個人経営の店から全国チェーンの店まで数々の餃子の店があります。

 

では、全国チェーンの餃子のおいしいお店と聞いたらどこが思い浮かびますか?

 

おそらくほとんどの人が、餃子の王将、大阪餃子、大阪王将などではないでしょうか。

 

他にも色々ありますが、この店の名前は大抵の人が出てくると思います。

 

その中でも大阪王将の餃子は皮が薄めで、パリッとした食感でとても人気があります。

 

では、そんな大阪王将を経営する株式会社イートアンドとはどういった会社なのか、またその代表取締役社長である文野直樹さんとはどういった人なのかお話していこうと思います。

 

では早速。

文野直樹の今現在や武勇伝

文野直樹さんは、1959年11月29日生まれです。

出典https://www.youtube.com

出身は、高知県中村市出身ですが、2歳のときに大阪に移り住んでいます。

 

3歳離れた姉が1人おり、「大阪王将」の創業者を父に持ちます。

 

小学生時代から店の手伝いなどを行い、飲食業と共に成長し、なんと16歳から店長を務めるます。

 

その後大阪学院大学経営学部に進学しますが、商売の楽しさに魅了されていた文野直樹さんはすぐに中退してしまいます。

そして、20歳で父親から5,000万円借りて、「東海王将」を設立します。

この、「東海王将」は、従来の駅前の「餃子専門店」というスタイルを変え、ラーメン、チャーハンなどフルメニューをそろえた郊外型店舗を出店しています。

出典https://food-stadium.com/

そして、25歳の時に、父親から事業を引き継ぎ、2代目社長に就任します。

 

しかし、このときすでに「大阪王将」のビジネスモデルは時代遅れになり、ビジネスモデルの転換を迫られていました。

 

1996年に事業化したラーメン屋「よってこや」ですが、この新ブランドの展開が、文野直樹さんにとっては、もう一つの起業になる。

 

ゼロから苦労を共にするなかで、いままでにはなかった社員たちとの絆も芽生え、人の大切さを知ったそうです。

 

そんななか、「大阪王将」も、一気に進化しました。

 

餃子専門店から、フルメニュー装備に変更し、駅前からロードサイドへ移行します。

 

これにより、いままで「大阪王将」に来たくても、来られなかったファミリーやカップルもそれらの店に訪れるようになりました。

 

1985年「大阪王将」を引継ぎ18年経った2003年、「大阪王将」は、完全再生をはたしました。

 

その復活の代表的な例が、2003年11月、新宿店の出店と成功です。

 

また、「フランチャイズ」に「のれん分け制度」の良さを組み込むことにより、大阪王将独自の「のれんチャイズ」もスタートさせます。

 

その後、この「のれんチャイズ」だけでも、年30店舗のペースで出店が続いています。

出典https://tukasamakoto.com/

また、再生を果たしたと2002年には、社名をイートアンドに変更し、すでにその準備を整えていた。「外食」から「中食」「内食」への拡大、また「冷凍食品」のエリアを「国内」から「海外(アジア)」へ拡大させます。

 

社長に就任し大阪王将の経営が波に乗ってきた頃から文野さんはいろいろなスポーツスポーツを始めます。

 

40歳からボクシング、45歳からはマラソン愛好会に入りフルマラソンにも出場しています。53歳では社交ダンスを始め、55歳からはサーフィンもしているそうです

 

また、文野直樹さんは、音楽活動にも興味があり、知人と一緒にバンドを結成し、ギターを担当。ライブも行ったことがあるそうです。

 

さらに、あの人気番組マネーの虎にも深夜時代から出演していました。

 

そして、有名な名言でもある「まずいカレーなんてないわ!!」がさく裂しましたよね~!

出典https://www.youtube.com/

しかし、過去の出演では一度も投資に至ったことはありませんでした。

 

著書には、大阪王将、上陸―あなたの街で必ず成功するロングセラー35年、成功率95%の真実やよってこやの秘策ー二十一世紀に飛躍するニュービジネスモデルがあります。

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文野直樹の父親はハンパなかった!

「大阪王将」の1代目で創業者の文野直樹さんの父親はどういう人だったのでしょうか。

出典http://in-shoku.info/

父親は大阪王将の創業者で、サラリーマンから転身し、一代で「大阪王将」を築きあげました

 

「大阪王将」の1号店は、昭和44年(1969年)に大阪京橋にオープンします。

 

テーブル、カウンター合わせ12席、わずか5坪というとても小さい店だったそうです。

 

オープン当初は、「餃子の王将」同様、バラエティーにとんだメニューをそろえていたそうです。

 

ところが、父親はもともと器用なほうではなく、40代から、この道に入ったこともあって、料理の評判が良くありませんでしたが、なぜか不思議と餃子だけはとても人気がありました。

 

だから、メニューを餃子とビールだけに絞り込み「餃子専門店」と称するようなりました。

 

王将といえば餃子という、いま流にいえば、この開き直りのブランド戦略が見事にハマったことになります。

また、「餃子専門店」以外にも、父親は「餃子無料券」の配布をし、10人前食べると無料になるという「10人前挑戦」、「テイクアウト」も含め斬新なアイデアを打ち出し、それが成功して、業績は急角度でアップします。

出典https://prtimes.jp/

そして瞬く間に25店舗のオープンを実現しました。

 

一方、当時から父親は「のれん分け」を積極的に行い、食材を供給することで利益を上げていったそうです。

 

また、息子である文野直樹さんに会社を譲ってからは、元来好きだった画家の道を歩み始めます。

イートアンドホールディングスとはどんな会社なのか?

出典https://hrmos.co/

株式会社イートアンドホールディングスとは大阪王将を中心とする飲食店や冷凍食品、などを手がける会社です。

■大阪王将の始まりは、昭和40余年に大阪京橋にオープン。

■車も入れないような曲がりくねった路地裏だったそうです。

■テーブルカウンター合わせて12隻、わずか5坪の店舗だった。

創業者の父はサラリーマンからの転職で40代の頃からこの道に入ったこともあり料理はそんなに得意ではなかったそうです。

 

だが不思議と餃子は評判が良かったんですね。。

 

そこでメニューを餃子とビールだけに絞り込み餃子の専門店と称するようになった。

 

餃子と言えば王将今でこそそう呼ばれ、1つのブランドだが当時、餃子の専門店は珍しくもあり、そして創業者の文野新造はアイデアマンだった。

 

餃子専門店以外にも、『餃子無料券』の配布や10人前食べると無料になる大食いチャレンジの
『10人前挑戦』、餃子の持ち帰りなど次々に展開それが功を奏して業績は急激に拡大していき、またたく間に25店舗をオープンさせます。

 

父、新造は積極的にのれん分けを行い食材を提供することで利益を上げていた。

 

文野直樹さんは16歳のときには店長を任されお店に出ていたそうです。

 

いったん大学には進むものの、すでに小さな頃から商売に魅了されていて、結局は20歳の時に飛びし、父から5000万を借り東海王将をオープンさせる。

 

直樹さんは父から資金を提供してもらい東海の三河で東海王将を起業し、元来の餃子専門店からラーメン、チャーハンなどの中華料理屋のメニューを提供する郊外店舗型の店舗運営をしています。

出典https://macloud.jp/

4年で10店舗を出店したあたりで父、新造から戻ってきてはどうだとの打診があり、25歳で大阪王将の社長に就任します。

 

その頃、文野直樹さんはのれん分けの大阪王将の餃子専門店の可能性に限界を感じ、なにを思ったか、モスバーガーのフランチャイズ店を出店するのです。

 

周囲からは批判の声も上がったそうですが、モスバーガーのフランチャイズ戦略に魅力を感じ
、フランチャイズの根幹になる部分をここで学ぶのです。

 

そして餃子専門店を取りやめ中華メニューを取り揃え、駅前から郊外へ進出します。

文野直樹に死亡説?

文野直樹さんには一時期死亡という話が出ました。

 

出典https://www.eat-and.jp

しかし、これは完全なる人違いで、実際に死亡したのは「餃子の王将」を展開する「王将フードサービス」の大東隆行さんです。

駐車場で発泡され死亡したという事件なのですが、「大阪王将」と「餃子の王将」を同一の店と勘違いした人が間違った情報を流したのが原因です。

出典https://www.iza.ne.jp

文野直樹さんは今でも元気に働いています。

文野直樹の年収や資産はスゴい!

まず文野直樹さんの年収ですが、おそらく今の業績などから推測すると5,000万円以上はあるかと思います。

あれだけの規模の企業を経営しているとそれぐらいの金額はあると思われます。

 

また資産に関しては、そのほとんどが自分の会社の持ち株です。

 

保有株数から推測するに今現在で20億円以上はある計算になります。

 

しかし、株価は日々変動するのでこの金額も変わってくると思います。

最後に

出典https://ameblo.jp/

どうだったでしょうか?

 

株式会社イートアンドのこと、文野直樹さんのこと少しはわかってくれたでしょうか?

 

先代の父親から受け継いだ店を自分の観点で見事に成長させてきた文野直樹さんですが、1985年7月に就任以降32年にわたり社長職を続けてきました。

 

その間、2011年には大証JASDAQ市場(現東証JASDAQ市場)へ、2012年には東証2部へ上場を果たし、2013年には東証1部に指定され、40期を迎えました。

 

2019年9月に創業50年を迎えるに当たり、経営体制の一層の強化、変化をすべく、現専務取締役の仲田浩康さんを代表取締役社長として新たに選定しました。

 

今までの代表取締役1名による経営体制から、代表取締役2人による経営体制へ変更することになりました。

 

これにより株式会社イートアンドがどういったビジネスを展開し拡大していくのか、また文野直樹さんがどういった経営方針を打ち出し、どういったビジネス、サービスを展開していくのか気になりますし、注目していきたいと思います。

 

以上、日本の実業家で、飲食プロデュース業の株式会社イートアンドの代表取締役社長である文野直樹さんの情報をお届けしました。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

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