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矢野博丈(ダイソー)の妻や息子と韓国って?改名し創価学会はガセ!?

今回は、矢野博丈さんの今現在の活躍や妻、息子 韓国との関係性についてピックアップして行きたいと思います。

 

大創産業(100円SHOPダイソー)の創業者である、矢野博丈さんの妻や息子、韓国や改名、創価学会の関係性とは?

 

あなたは、100円ショップって利用しますか?

 

今では色々な100円ショップがあって、日本全国にそのお店があります。

 

初めて100円ショップを見たときはかなりの衝撃が走ったと思います。

 

お店の中にあるものがすべて100円で買えてしまうのですから驚きです。

 

100円といっても、その品揃えは豊富で、ある程度のものは100円ショップで揃ってしまう時もあります。

 

そんな100円ショップの草分けとなったのが、大創産業です。

 

100円ショップのダイソーですね。

 

この大創産業を創設したのが、矢野博丈さんです。

 

では、この矢野博丈さんとは一体どういった人なのか、評判や噂などを見ていこうと思います。

 

では、早速。

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矢野博丈(ダイソー)の今現在や武勇伝は?


矢野博丈さんは、中国北京市生まれで、8人兄弟の5男として生まれました。

出典https://www.youtube.com

敗戦後、父親の郷里である広島県東広島市に移り住み、中学校から広島市に転居しました。

 

高校は、広島県立広島国泰寺高等学校に進学し、高校在学中はボクシングにかなり熱中していて、その実力派1964年の東京オリンピックの強化選手に選ばれるほどでした。

 

1967年3月に、中央大学理工学部二部土木工学科卒業します。

 

学生結婚をし、妻の実家のハマチ養殖業を継ぎました。

 

しかし、このハマチ養殖業は3年で倒産してしまい、多額の借金を負い夜逃げしてしまいます。

 

その後、セールスマン、ボウリング場勤務など、合計9回の転職を重ね、雑貨をトラックで移動販売する「矢野商店」を創業しました。

 

移動販売とは「バッタ屋」と呼ばれる販売方法で、倒産した企業や資金繰りが苦しくなってどうしようもない企業の在庫品を格安価格で買い取って、安値で売るという商売でした。

 

スーパーの店頭や催事場、公民館前の空き地などで商品の陳列し、販売から会計までを一人で行い、会場を移動しながら商売を続けていました。

 

その後、均一価格での商売に弟子入りします。

 

当時「100円ショップ」というお店はありませんでしたが、100円など均一価格での商売方法は既にありました。

 

1970年代のオイルショックなどで仕事仲間は次々辞めていきましたが、1977年のれん分けの形で「大創産業」として法人化をします。

 

大創産業はダイエーに6割の商品を卸していたのですが、オーナーに「催事場が汚くなるから、ダイエーグループは100円均一の催事は中止する」と言われたそうです。

 

そこで、どうしたら会社が潰れなくて済むかと考えて、ダイエーの客が流れるところに100円ショップを作りました。

 

これが店舗による100円ショップの始まりである。

 

1987年「100円SHOPダイソー」の展開が始まります。

 

1991年最初の直営店を高松市に出店し、チェーン展開を本格化させました。

 

100円ショップはバブルが弾けて、長期不況に突入した1990年代後半から急速に売上げを伸ばしていきました。

 

また同業他社の参入もあり業界が活性化、店舗網が全国に広がり新しい小売業として認知され、さらにマスメディアで取り上げられたこともあって大創産業も急成長し、2017年現在、国内で3150店舗、海外で1800店舗の100円ショップのトップ企業となりました。

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矢野博丈(ダイソー)の妻や息子はいかに?


矢野博丈さんは、現在結婚されています。

出典http://www.thutmosev.com

学生結婚だったのですが、夜逃げをした際にはすでに長男は生まれており、かなり苦労しての夜逃げだったと想像できます。

 

そんな、長男である寿一(ひさかず)さんは、広島市内の進学校を卒業し、医学部へ進学します。

 

今は医科大学で教授をしているらしく、その血筋を受け継ぐ結果となりました。

 

なんでも、最初から家の商売を手伝う気などなかったようです。

 

そんな大創産業の後任の社長に就いたのは、次男の靖二さんです。

 

2018年3月から大創産業社長となりました。

 

次男もダイソーの手伝いはしていたものの、将来は父親の会社に入って働こうなどとは考えていなかったようです。

 

その後、イズミの営業マンとして20年間務め、ダイソーに一般職員として入社しました。

 

社内の人望を集め、現在に至ります。

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矢野博丈(ダイソー)と韓国って何なの?


矢野博丈さんをインターネットで検索するとよく韓国というキーワードが出てきます。

出典http://netgeek.biz

まず、これまでの矢野博丈さんの出身、経歴を見ても、韓国とは全く接点はありません。

 

では、一体なぜ韓国というキーワードが出てくるのでしょうか。

 

なんでも「ダイソー」という言葉が、韓国語らしいです。

 

韓国語でダイソーは「ターイッソ(みんなある)」という意味だそうです。

 

ダイソーの名前を命名したのが、在日韓国人という噂です。

 

どちらにせよ、ダイソーは韓国の企業ではありませんし、名前によって韓国との関係性が噂されるようになったと思われます。

 

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矢野博丈(ダイソー)は改名してたのか!?


矢野博丈さんは改名しています。

 

旧名は栗原五郎さんといい、学生結婚を機に現姓名に改姓・改名しています。

 

解明した理由として、何か自分で商売すると決めていたので、「クリハラ」より2音でシンプルな「ヤノ」のほうが覚えてもらいやすいし、親しみやすいと考えたからだそうです。

 

厳格であった父親に言うと、「それがいい」と喜んでくれたそうで、サラリーマンより、手に職を付けて自立することをずっと勧めてきた父親なだけに、起業家の卵として矢野博丈さんが下した判断を尊重してくれたのだろうと話しています。

 

つまり経営者になるべく自分の名前を変えたということです。

矢野博丈(ダイソー)と創価学会との関係はなんなのか?ガセ?


矢野博丈さんとインターネットで検索すると韓国同様に、創価学会がかなりの数でヒットします。

出典https://www.sankei.com

これまた韓国の関係性と同様、噂のひとり歩きです。

 

理由は、大創産業の「創」の字と、創価学会の「創」の字が一緒だからだそうで、池田大作さんが命名しただの、創業者の矢野博丈さんが創価学会の会員だのという噂が流れました。

 

もちろん、これらのことは全く矢野博丈さんにも大創産業にも関係はありません。

 

この大創産業は、矢野博丈さんが、「大きく創る産業」という意味を込めて命名したものです。

 

また、あるインタビューや、矢野博丈さんの著書でも、「創価学会とは無関係」という回答をしています。

 

 

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最後に


どうだったでしょうか。

 

矢野博丈さんのこと少しは分かってくれたでしょうか?

 

幼い頃から厳格な父親に勉強しろ、手に職をつけろと教育を受けてきた矢野博丈さん、兄弟は医者になったが、自身は医者にならず起業家を目指しました。

 

しかし、夜逃げなども経験し、決して順風満帆ではありませんでした。

 

そんな中でもコツコツと商売をし、今現在では100円ショップのトップを走る企業まで成長しました。

 

その年商は3000億円位上あるそうで、立派な企業を1代で築きました。

 

これから、100円ショップダイソーがどこまで大きくなるのか、また矢野博丈さんがどこまでビジネスを展開していくのか、とても気になりますし、注目していきたいと思います。

 

以上、日本の実業家で、大創産業(100円SHOPダイソー)の創業者である、矢野博丈さんついての情報をお届けしました。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

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