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木村清(すしざんまい社長)の経歴略歴と若い頃がかわいい!?年収や伝説がスゴい!

今回は、すしざんまい社長である、木村清さんの経歴や略歴と若い頃、年収や伝説についてなど見ていきたいと思います。

 

すしざんまいは有名ですが、そこの社長でもある木村清さんの略歴や若い頃など年収をピックアップしていきたいと思います。

 

あなたはお寿司は好きですか?

 

お寿司は日本の伝統料理で古くから日本人に愛されていますよね。

 

生魚が苦手という人もいますが、おいなりさんやかっぱ巻きなどもありまし、小さい子供からお年寄りまで幅広く愛されている料理ですよね。

 

しかし、お寿司といえば昔は高級なイメージがありましたし、なかなかいい値段のする食べ物でしたよね。

 

もちろん今でも高級寿司店はあります。

 

しかし、逆に庶民に愛されているのは安いお寿司です。

 

今の時代ではなんと100円でお寿司が食べられる時代になっています。

 

100円で食べれるからこそ家族連れに大変人気になっていて毎日お店は混んでいます。

 

そんなみんなに愛されるお寿司ですが、やはり一番のお寿司の醍醐味はマグロです。

 

あの油ののったマグロが口の中でとろける感じはなんとも言えませんよね。

 

そんなマグロに特化して、また安い価格で提供するお店があります。

 

それがすしざんまいです。

 

このすしざんまいは株式会社喜代村が経営をしていて、代表取締役社長を務めているのが木村清さんです。

 

では、そんな株式会社喜代村とは一体どんな会社なのか、また代表取締役社長である木村清さんとは一体どういった人なのか、見ていこうと思います。

 

では、早速。

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木村清(すしざんまい社長)の経歴プロフィールや略歴!


木村清さんは、1952年4月19日生まれです。

出典https://www.youtube.com

出身は、千葉県の野田市の出身になります。

 

中学校は地元の中学校に入学し、1967年に卒業します。

 

なんと中学校のときからパイロットに憧れていて、中学校卒業後は、F104のパイロットを目指し、15歳で航空自衛隊の航空教育隊(航空自衛隊生徒第14期)に入隊します。

 

つまり木村清さんは元自衛隊員ということになりますね。

 

その後、2年9か月で無事に第4術科学校を卒業します。

 

卒業後は、18歳で大検に合格します。

 

そして、ついに念願だった航空操縦学生になる資格を得ました。

 

しかし、ここで不幸なことに事故にあってしまいます。

 

そのせいで目を患ってしまい夢だったパイロットを断念することになります。

 

パイロットを断念して1974年に自衛隊を退官してしまいました。

 

退官後は、司法試験を目指し、中央大学法学部に入学します。

 

この経歴を見ても木村清さんはかなり頭のいい人だったんだと思います。

 

わずか2年で択一式試験に合格し、1979年に中央大学を卒業します。

 

卒業後は、百科事典のセールスマンなど色々な職を転々としていきます。

 

そんな中、1974年に大洋漁業(現・マルハニチロ)の子会社「新洋商事」に入社します。

 

入社はアルバイトとしての入社だったのですが、最初から長く続けるつもりはなく、3ヶ月ほどで辞める予定でした。

 

しかし、コツコツと勉強をしていた司法試験を断念してしまいます。

 

断念したことをきっかけにこの会社に入社します。

 

新洋商事では主に魚の仲買人となって、築地市場で多くの取引先を持つようになりました。

 

その後色々なノウハウを勉強し、1979年の6月に会社を退職します。

 

退職後は、株式会社喜代村の前身となる木村商店を創業しました。

 

木村商店では魚とは全く関係ない弁当屋、カラオケ店、レンタルビデオ店などを経営します。

 

その後1985年に株式会社喜代村を設立します。

 

バブルということもありイケイケなムードだったのですが、バブル崩壊で全ての事業を清算する羽目になりました。

 

手元に残った金額は現金300万円しかありませんでした。

 

しかし、そこでめげなかったのが木村清さんで築地時代のコネを利用し、寿司店「喜よ寿司」を開店します。

 

そして、2001年4月に築地場外に日本初の年中無休・24時間営業の寿司店「すしざんまい本店」を開店しました。

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木村清(すしざんまい社長)の若い頃がかわいい!?


木村清さんは、今ではかなりの巨体とあの見事なまでの二重あごが特徴ですが、昔はどうだったのでしょうか。

なんと昔の木村清さんはかなりのイケメンでした。

 

今の体型から想像出来ないほどのスリムボディーでした。

 

まぁ自衛隊にいましたからスリムボディーなのはわかります。

 

今の体型になったのはいつからかはわかりませんが、たくさんいいものを食べているんだと思いますよ。

 

でも、あの体型とあの笑顔が木村清さんのチャームポイントであり、みんなに愛されるキャラクターでもあると思います。

 

でも、よくテレビでも出てきますが、あのネクタイと作業着の姿はかなりかわいいと思います。

 

あの笑顔が好きという人もいるんではないかと思います。

木村清(すしざんまい社長)の年収や資産はエゲツないのか!?


木村清さんが代表取締役社長を務める株式会社喜代村は、東京都中央区築地に本社を構えていて、すしざんまいを関東中心に51店舗展開する寿司チェーン店であります。

1979年4月の設立で、主に水産品仕入・卸売り、飲食店経営、水産加工品等の開発・製造を行っています。

 

資本金は9,800万円で、従業員が1,300名います。

 

そんな企業の代表取締役社長である木村清さんの年収や資産はいくらなんでしょうか。

 

まずなんとすしざんまいの売上の内約40%はマグロだそうです。

 

これはかなりすごいことだと思います。

 

そして、木村清さんは、全国での売上高1,000億円を目標に掲げています。

 

しかしながらすしざんまいは24時間営業で人経費や光熱費も莫大にかかっています。

 

このことを考えると木村清さんの年収は5,000万円から6,000万円ぐらいではないかと予想します。

 

億には届いていないと思います。

 

また、資産ですがこちらはほぼ間違いなく億はあると思います。

 

普段の生活で豪遊していなければの話ですが、あの体型と性格からして結構遊んでいるイメージが出てきちゃいますよね。

 

失礼な話ですがね。

 

資産運用ももちろんしているでしょうから安定した資産は確保していると思います。

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木村清(すしざんまい社長)の伝説がヤバかった!


マグロを過去最高額で落札したり、とにかく豪快なイメージの強い木村清さんですが、その伝説もやばかったです。

なんと、まだバリバリ営業などで働いている時電話帳や住所録も持たず、スケジュール帳さえ使ったことがなかったそうです。

 

では、どうやっていたのか、それは『電話番号や住所、名前はすべて記憶していたから』らしいです。

 

これがどれだけすごいことか営業マンならわかるはずですし、ウソだろという人もいるかと思います。

 

しかし、これが本当だったそうです。

 

さらにキューバに行った際には、政府関係のパーティーに呼ばれフィデル・カストロ前議長にもマグロの握りを振る舞ったこともあるそうです。

 

かなり波乱万丈な人生を送っている木村清さんだからこそ、今のあの豪快な買い付けやすしざんまいがあるのかもしれませんね。

今後のすしざんまいの経営戦略や将来像は?


さて、そんなすしざんまいですが、今後の経営戦略はどうなんでしょうか。

 

まず売上の方ですが昔ほどの売上はありません。

 

これは魚の高騰や客足が遠のいているということが原因になります。

 

もちろん木村清さんはこのままでは終わりません。

 

マグロ大王と呼ばれている維持はあります。

 

今後はお店の拡大はもちろんですが、今よりさらに質のいいマグロを低価格で提供できるように努力していくそうです。

 

それに伴いお店の従業員の指導、寿司のにぎり1つ1つまでしっかりと管理していきたいと話しています。

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最後に


どうだったのでしょうか。

 

株式会社喜代村のこと、木村清さんのこと少しはわかってくれたでしょうか。

 

テレビでよく見たあの明るい笑顔の木村清さんですが、今現在は経営に苦しんでいる面もあります。

 

しかし、まだまだマグロ大王の快進撃は続くと思いますし、続けてほしいと思います。

 

また、築地であのパフォーマンスが見れるように今後も注目していきたいと思います。

 

以上、日本の実業家であり、株式会社喜代村の代表取締役社長である、木村清さんについての情報をお届けしました。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

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