今回は、マネーの虎でマネーを掴んだ宮崎次子さんの今現在や着物に関してピックアップして行きたいと思います。
日本の実業家で、アンティーク・きものブティック一笑の代表を務める、宮崎次子さんの着物や今現在、年収、結婚(旦那・子供)についてなど見ていきたいと思います。
あなたは、着物って着ますか?
現在の日本ではほとんどの人が洋服を着ています。
この洋服は字の通り、西洋から伝来した衣服のことを指します。
つまり日本の服ではないということです。
では、日本の服は一体なんというと、和服です。
和服といっても種類はたくさんありますが、男性の和服で代表されるのが、紋付袴、女性に代表されるのが着物ですよね。
でも、この和服、現在の日本ではほとんど着る機会がないと思います。
卒業式、成人式、結婚式など特別な行事、イベントがない限り着なくなっていると思います。
しかし、そんな着物に魅了されてお店を出店した人がいます。
それが、宮崎次子さんです。
では、宮崎次子さんが出店したアンティーク・きものブティック一笑とはどんなお店なのか、また、その代表の宮崎次子さん自身が一体どういった人なのかついてお話していこうと思います。
では、早速。
宮崎次子の着物や経歴と武勇伝
宮崎次子さんは、京都出身で、京都の友禅染屋の末娘として生まれました。
幼い頃から着物が身近にあるところで育った宮崎次子さんは、着物を着る機会も多く、学生時代はモデルとして活動し、1991年度に行われてた「ミスきもの」に選ばれます。
それをきっかけに、着物の世界にいきます。
まず、国内外の着物のショーでモデルや着付け・スタイリングを担当してその知識と技術を高めてきました。
そして、呉服店の中の業務委託という形で、アンティーク着物ショップを立ち上げますが、親会社の倒産してしまい、唯一黒字部門だった宮崎次子さんのお店を経費削減の観点から、閉店させてしまいます。
しかし、そのお店では、年々衰退する一方であった伝統和装産業に、各家でたんすの肥やしになっていた古い着物を再商品化させることによって、市場の拡大が図られ、さらには、中心価格の幅を引き下げることによって、これまで、フォーマル以外では和装とあまり縁のなかった10代後半から30代までの最も消費傾向の高い女子大生・OL層というマーケットを開拓するなどの革命を起こしました。
また、インターネットを使った着物販売という新分野も手がけた宮崎次子さんは、実業家としての手腕もいいものを持っていました。
そして、そんな中、2003年4月26日に、自身のお店アンティーク・きものブティック一笑をオープンさせます。
宮崎次子のマネーの虎で金をゲットした後の今現在はどうなのか?
宮崎次子さんは、自身のお店を立ち上げるために、マネーの虎に志願者として出演します。
その希望額は1,420万円とかなり大きな金額でした。
そんな中、宮崎次子さんの美貌に見とれてかは知りませんが、堀之内さんと早原さんが全額を投資すると手を挙げました。
堀之内さんは、自身もリサイクルビジネスを手がけている以上失敗するわけにはいかないから経営にも口を出すというなかで、平原さんは、宮崎次子さんのやり方を尊重するというスタンスでした。
その平原さんのスタンスでいきたいと宮崎次子さんは、平原さんからの投資をうけることになります。
しかし、なんとマネー成立から数日後に早原社長にお金を全額返していました。
マネーの虎で話していた理由としては、最初の事業計画と自身の思い描く方向性にズレが生じたことだったとのこと、これだけ聞くと、宮崎次子さんがかなり身勝手な人物に思えてきます。
しかし実は、早原社長が事業計画にケチをつけてきたことが本当の原因とも言われています。
放送のときは、宮崎次子さんの好きなように、宮崎次子さんのやり方を尊重するという話をしていたのですが、一方的に条件の変更をしてきて、「会社の役員会の承認を得なければならない」などと、経営的なの部分について、細かく口出ししてきたそうです。
そして、結局宮崎次子さんが「それなら、出資は結構です」という形になりました。
しかし、そんなことで宮崎次子さんはめげませんでした。
資本金300万円を元に有限会社一笑を立ち上げ、2003年4月26日に、アンティーク・きものブティック一笑をオープンさせてます。
さらに、和雑貨、その他の販売や、フラワーコーディネート教室なども行っています。
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宮崎次子のお店の場所や評判は?
マネーの虎に出演して、出資まで受けたのですが、色々な理由で結局自身でお店を立ち上げた宮崎次子さんですが、そのお店はどこにあるのでしょうか。
アンティーク・きものブティック一笑は、京都市中京区麩屋町三条下ルにあります。
お店は、京都らしい奥行きの深い坪庭のある町屋を改装し、表通り(麩屋町通り)に面した部分に、ガラス窓を採用しています。
そうすることにより道行く人からもよく店内が見えやすくなっていて、和装の店独特の敷居の高さを感じさせなくしています。
また内装は、木をベースにした造りになっていて、壁の色と柱・梁の色との組み合わせもよく調和しており、温かな照明と合わせて、モダンな感覚のレイアウトとなっています。
また評判ですが、敷居が高いとされてきた着物がかなり安い値段で売られていて、気になるものがあればなんと1分程度で軽く着付けてもらえる手軽さで若い女性からかなり人気を集めています。
さらに実店舗に行けなくても、通信販売で購入できるという手軽さもかなり人気を集めています。
宮崎次子の年収はどうか?
着物に魅了され、着物のお店を出店した、宮崎次子さんですが、その年収が気になります。
お店での売上もそうなのですが、お店以外にもフラワーコーディネート教室なども行っています。
さらに、全国のデパートの催事に年間で30ヶ所ほど出店しているそうです。
宮崎次子さんが以前運営していた着物のお店では、なんと毎月の売上が300万円ほどあったそうです。
それを考えると現在のお店でも、それぐらいの売上はあると考えられます。
さらに、フラワーコーディネート教室や全国の催事のことも考えると年商で、5,000万円ほどはあると考えられます。
そこから経費を引いて考えると、宮崎次子さんの年収としては、1,000万円はないぐらいではないのかと予想されます。
しかし、着物業界からすればかなり売れている方だと思います。
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